夏休みも今日で終わりですね。
電車で子供たちが、自由研究の話をしていました。
小学校のころ自由研究がという言葉がやけに高貴なものに聞こえたあのころ。
研究という言葉が、なんだかえらそうに聞こえたものです。
あのころは自分にうそつくことなんてなくなったな~
建前とうそというものを覚えた大人になってから
知らず知らず自分にもうそをついて、こうなわけがない。絶対に原因は外にあると思い外に探しにいく。
自分の中の問題は自分のなかでしか生まれない。
なのに、現実からにげたいのか、本当の弱いできない自分を見るのが悲しいのか外に原因を探しにいく。
お酒を飲んでも、友達と騒いでも、本に没頭しても、映画をみまくっても、問題は解決しないないか・・・
自分のいやなとこも受け止めたい。
見ないようにするのは簡単だが、そういう自分を続けると、潜在的に、どこかむなしさや孤独感をためていく。そんな気がする。なぜなら、自分は自分のうちにしか問題がないことを、心は、知っているとおもう。。
もし嘘という言葉さえない、嘘のない世界にすんでいたら?
でも仕方ないのだと思う・・・そんな世界ではないとこに生まれた。
悲しみを受容できる人になるなら、その道は必要だと思う。
実は、神さまは必然的にそういう世界にしたのかもしれない。