この内容は、なんとなく賛否両論あると思いますが、考えるに面白い、また答えはないというテーマですが、なんだかあまり本のプレビューをこういう書き方してる人はあまりなかったので、載せてみました。
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イノセンスという本の紹介文を「気になる人との距離を縮めたい」というテーマでかかれています。
"そばにいるからこそ相手のとの距離を感じることがある(もっと近づきたい)という思いはあなたの中の距離計を微妙な独占欲や嫉妬心で狂わせる
、仲良くなれば、恋人になれば、結婚すれば、その距離計は正確で安定したものになるだろうか?いやそうじゃない。これは2つの心のバランスの問題で。相手との距離計は例外なく違う数値を占めしているはずだから
愛の力関係は刻々と変化し近づきたいと切望する側はいつも苦しい
この短編編集は人と人との関係の、そんなあやふやさと不安が描かれている。
「だれかとのあいだで縮めた距離をまた遠ざけるのはあまりにたやすくて途方にくれてしまう。私の体にはまだ彼のぬくもりが残っているのに)(その本の短編集のイノセンスより)
だけど、そばにいる人も、行きずりの人も、他の人と結ばれた人も、しんじゃったひとも、あらゆる人が等しい距離にいると思えば何かがかわる
強引さや焦りをすてて、大きな流れに身を任せたとき「すべてが符号する瞬間がおとずれるのだ」
そのサインを見逃さないように余裕をもって丁寧に日々を生きて生きたい。"
これを読んだときに自分で彼と距離が付き合ってるから縮んでるとはかぎらない、母はは私より兄との方が近いとか、自分のなにかを基準にしてはかったものだから、お互い違うのは当然なのかも。友達だから、家族だからって 距離なんて最初からないのかも。はかる基準がないわけだから。
ある人はいっしょに過ごす時間の長さで計るだろうし、ある人は時間は少なくても 感覚で計る人もいるだろうし、 ってことはおたがい違う物差しではかり、ある人は 共有した時間や物や同じ行動をとることによってはかることもあり、またあるひとによっては違う事で計り、常にお互い同じ物差しとはかぎらないし、またそれは距離をはかるというより、また違うもののような気がしてくるから不思議です。でもそれは、人と共有する時間が長いこととは、人間として喜びなのですばらしいことですよね。ただ、それを長さにかえると、嫉妬や長さのお互いの計り方の違いから、嫉妬や勘違いが生まれたり。
人との間を距離という長さではかるよりどんなことを感じ、どんな時間を過ごし共有したかとか、内容のほうが大事なような気がします。じつは物差しのようにはかる基準がないものなのに、。。ある部分でこの意見なんか 聞いて楽になった部分もあり、ある部分はなんか納得いったり、疑問だったり。
この大胆な本の紹介文、賛否両論ですが,
おもしろいので乗せただけで消化するかは自由に?
でも人は愛されたいと思うから、距離計をつくりがちなのでしょうね。。(わたしだけ?)
内容と合っていなくてすみません。