明日は何が起こるかわからない。
人生ははかない。
だから一日一日精一杯生きよう。
こんなフレーズを聞いたことが何回あるだろうか。
でも精一杯とは、なんだろう?
がむしゃらにがんばること?
なんだか絶対に疲れて果てるときが、いつかきそうな言葉だ。
じゃあ、計算して世の中をうまく渡ること?
これも疲れそうだし、私には性が合わないような気がする。
できたら何が、次は課題になるのだろう?それともそれがすべて?
では、流れに身をまかせること?
でも、これが一番難しい気がする。
人は、不安やなにかしらの気持ちをみたすため、なにかに依存して安心しようとするものだから。がんばったり、自分を強くみせたり、自分というものを知らずにこういうキャラだと思い込み演じたり。大変な生き方の方を選ぶ。だって素直に生きたほうがらくじゃない?でも素直に生きれない。子供のころを思い出して、あのころのように完全にもどるのは難しいとおもふ。(いいことも悪いことも。)
自分に、時に身を任せるなんて私には到底どうすればいいか想像がつかない。
それでも私たちは毎日あきらめることなく生活し、笑うことさえできる。
動物のように本能だけでいきるほうが、簡単で、時には楽とさえでうらやましいと思える。人間でよかったとおもってるのに。勝手な私。
だからそれを考えると生きていて、違う思考があり、人として迷い、疑問を持ちながら生きている。それだけですごいと思える。なにも大物や秀でている必要なんかない気さえしてくる。
普段は生きていることなんて当たり前だから、感謝やすごいなんて忘れているしむしろ、考えているなんてばかみたいに思うかもしれない。
人は、人に、人を、余計なフィルターをはずしてお互いを見あえたらいい。
わたしたちにはいろんな欲がある
それは私たちが知らない人にも席をゆずれるような愛をもっているように、うまれもったものだ。そしてそれは、果てしない。生きていくだけに必要な欲ではなく、それ以外、のもの、もっと楽をもっと便利に、もっとおいしいものいったん一定のことにみたされると飽きて、感謝の心など忘れる。
あたたかい布団にはいれることや、おいしいご飯がたべれること、すばらしいほんが 読めること、当たり前になる。
それは当たり前のことのように、価値をなさないものになってしまう。
どこまで私たちはつきすすんでいくのだろう?
もし人間に、欲という特殊能力があたえなければ進化することは、考えにくい。どちらがいいともいいにくい、
私の住む星までおかしても、欲をみたすことを想像していたのだろうか?
神様は(?)
それとも、そういう問題につきあてて試しているのだろうか?
でもそうそうひとは難しいことは望んでない、
明日地球が滅びるとすれば何をしますか?
→家族にあう
→ゆっくりすごす
など
そうそうしたいことなんてシンプルなことなような気がする。
そして感謝をするのわすれてることだったり。
でも欲があるから人生で学ぶたくさんある。
はかれるもんではないですしね。
お台場で毎週土曜日は10分だけ(短い)花火イベントあるそうです。
いつまでだったかな。。
冬に花火!